ビジネスパートナーの口説き方 ~セルフイメージコンサルタント 岡崎哲也のコラム

大きく成功したビジネスには、

強力なビジネスパートナーが

いると言われています。

 

代表例として、ソニーの技術者、

井深大氏とセールスの盛田昭夫氏

があげられますね。

私達は、どのようにビジネスパートナー

を口説けばいいのでしょうか?

 

昭和19年、時の総理・東条英機に

「戦時研究会委員」として任命された

2人。

 

「日本計測器」の常務だった36歳

井深大は、新兵器研究中に、

海軍・光熱兵器部の中尉、23歳の

盛田昭夫と出会い、

 

お互いの学識と人間性に惹かれ、

信頼を深めていったのです。

 

昭和20年、8月15日、終戦。

 

大企業には敵わないから、大企業が

手を付けないだろう研究や新製品の

開発だけを行おうと井深は決意します。

 

「盛田の力が欲しい・・・」

 

終戦直後、見渡す限り焼け野原の

東京。

 

井深は同志7人とともに日本橋で

「東京通信研究所」の看板を掲げ、

 

測定器の制作、ラジオの修理、

改造などをこなしていきます。

 

それがたまたま新聞で取り上げられ、

盛田の目に留まったのです。

 

【井深・盛田の再会】

 

井深の手伝って欲しいとの申し出に、

上京してきた盛田は、東工大へ講師

として勤めるから直接仕事の手伝い

はできないと断りました。

 

「ですが、いろいろなことでお手伝い

をさせてください」と答えます。

 

それは自分の預金を引き出して従業員

の給料を払っていた井深の苦労を

思っての配慮でした。

 

昭和21年、公職追放令により、元海軍

中尉の経歴から盛田は東工大講師を

辞めなければいけなくなります。

 

父からの勧めで盛田は帰郷。

 

盛田は、小鈴谷(現・愛知県)で300年

続く酒造家、名家の長男でした。

 

「この時を逃してたら、もう2度とチャンスは

ないかもしれない!」

 

井深は一大決心し、小鈴谷へ向かいます。

 

盛田の父・久左衛門は井深の話しを

正座して聞いてくれました。

 

これからの世の中に、科学技術が

いかに必要となるか、

そして昭夫の技術力の高さ、

人間性の素晴らしさ、

 

井深はありったけのほとばしる

情熱で訴えました。

 

そして最後に

「昭夫君を私の会社の仲間として

迎え入れさせてください!!」

そう伝えたのです。

 

 

九兵衛門は静かに答えました。

 

「井深さんの事は、昭夫からよく

聞いとります。

昭夫がやりたいというのなら

それもいいでしょう。

しっかりおやりなさい」

 

井深は、この後、風呂に入らせて

もらい、盛田家の歓待を受けた時、

この時ほど嬉しかった事はなかった

と語っています。

 

その後、2人の会社は「東京通信研究所」

から「東京通信工業株式会社」、さらに

【SONY】へと社名変更し、市場を世界に

移していったのです。

 

 

私たちはSONYほどの出会いで

なくてもプロジェクトレベルの出会い

もありますよね。

 

私の知人でとても人間関係を作るのが

得意で、クロージングが上手な人が

います。

 

彼は、この人と仲良くなりたいと思うと、

その人の気持ちや発するメッセージで

具体的にどの部分にどのように共感

したと伝え、褒め称えるのです。

 

そして、しっかりと心を開いて、うち

とけた後、今度はその人がビジネス

で必要としているだろうメリットや

課題だろう問題点の解決策を提案

します。

 

場合によっては、その人が必要と

している人を紹介したりするんですよ。

 

しかも行動がとてもスピーディー。

 

これでは心をわしづかみにされ、

応援したくなったり、何か一緒に

やりませんかと言いたくなるだろう

と感じました。

 

ところであなたがコレと思った人と

出会った時、どのようにして

アプローチし、人間関係を深めて

いきますか?

 

 

岡崎哲也

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