三傑のリーダー像 セルフイメージコンサルタント 岡崎哲也のコラム

夏本番!暑いですね~。

日本初のネット選挙も解禁され、参院選も

活発になっていますよね。

 

フェイスブックやツイッターなどで、政治家

本人の「なりすまし」や情報収集を目的とした

「不審なアンケート」などもあるそうで

ビックリです。(笑)

 

そこで今回は、戦国時代の三傑、

信長、秀吉、家康のリーダー像について

考えたいと思います。

 

それぞれの持ち味って違いますよね。

 

信長は、人材抜擢の名人。

 

才能ある人材は見出され、訓練され、内なる

良さを引き出され、生き生きと活躍したんですね。

 

『木綿藤吉、米五郎左、かかれ柴田に、

のき佐久間』

 

そんな俗語が信長家中に広まっていたそうです。

 

「木下藤吉郎は木綿のように手堅く、丹波長秀

は米のように味わい深く、先陣をきって

「かかれ!かかれ!」と突き進むのは柴田勝家、

退きの殿軍を守らせれば佐久間信盛が一番だ」

という意味なんですよ。

 

秀吉は、根っからの人間好き。

 

人の喜ぶのを見て、自分も喜んだそうです。

 

有名なのは『聚楽第の金くばり』。

 

金銀36万5千両という大金をたった1日で

一門、公卿、大名に大盤振る舞いして

喜んでいたそうで、豪快ですよね。

 

『織田がつき、羽柴がこねし天下もち

坐りしままに 食うは徳川』

 

家康はラクに天下を手に入れたとされて

いますが実際のところはどうなのでしょうか?

 

家康は、家臣によって生かされていると

信じていたんですね。

 

 

岡崎城主の父が殺され、家康自身は駿河の

今川の人質とされた幼少期。

 

岡崎城には、今川の代官が入り、税の取り立て

は容赦なく、戦いの前線には徳川家臣団が

向かわされていました。

 

戦場から帰還すれば、貧しさから農夫同然と

なって田畑を耕し、命をつなぐ状態。

 

彼らの望みは幼君、竹千代の成長と自立だけ

でした。

 

今川方の扱いに憤慨しながらも下手な動きを

とれば人質の竹千代に迷惑がかかる。

 

彼らは互いに戒め合って苦痛をこらえて

いました。

 

家臣たちの自分を思う念の深さ、彼らの

日々の困難を、駿河にいる竹千代は骨身に

しみて感じていたのです。

 

竹千代も、もし何かの事を起こしたら影響は

家臣に及ぶとし、今川義元に尽くします。

 

竹千代の人質生活十年余りの間、もしも

家臣たちがその苦しみに耐えられず、他家

の士官の道を選んでいれば、三河武士

集団は崩壊していました。

 

長い間、何一つ報いることができなかった

にも関わらず、家臣たちは自分を待ち続けて

くれていたのです。

 

今川に仕え、信長に仕え、秀吉に仕え、

家康の『忍耐の精神』は、部下によって

自分は生かされていると思っていた

のではないでしょうか。

 

 

あなたに、、、

あなたの事を信じて待ち続けている人が

いませんか?

 

部下や社員、取引先、ビジネスパートナー、

家族、友人、支援者などなど。

 

その人たちは、あなたのどんなところを

信じてて待ち続けてくれているのでしょう。

 

その人たちの存在に気付いたら、感謝の

気持ちを伝えたり、共存共栄することを

考えたり、自分の可能性を開き、諦めて

いたことに再びチャレンジすることは

とても素晴らしいですよね。

 

そしてその人たちは、あなたが自分の使命

としての生き方を始めるのを待っている

のではないでしょうか。

 

あなたの先祖も強力に後押ししている

かもしれませんよ。

 

 

岡崎哲也

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